「お前自身の殺気が 出会う者すべてを敵にする」
バガボンドの宝蔵院胤栄の台詞なんだけど、何故だか最近よく思い出す。価値観の全く違う人と接するとき、俺はすぐに「なんだコイツ無理」とか思っていろいろ諦めてしまうのだけど、それで結構損をしているような気がする。
「発言・考え方が偏っている」というのは「俺の意見・思想と一致しない」の言い換え。
みんな「いいね!」が欲しいばっかりにドラマティックになりすぎ
。かつてサルトルが「飢えた子の前で小説が何の役にたつか」と尋ねたとき、マルローはそれに対して「飢えた子を問題化するのが小説の役目だ」と応えた
トイレ掃除に「トイレがきれいになる」以上のメリットを求める人を経営者や政治家や教師にしちゃダメだと思う。
チェコの裁判ではステージダイヴィングやモッシュが、ある種のスタイルのロックのライヴでは日常茶飯事であることをまず法廷に理解してもらうことから始めなければならず、こうした行為が決して悪意から行われているわけではないことをランディは時間をかけて、証言やヴィデオなども使って丁寧に説明していかなければならなかったという。それでもランディの性急なステージ・アクション、ダミ声、大量の汗、そして暑さからバケツで水を浴びていた行為などがすべて検察からは「酔っているか、薬物の影響下にあるか、悪意を抱いている」証拠だと追及されることになり、それを反証していくうえで、当日素面だったことで本当に命拾いをしたとランディは語っている。「俺たちのシーンの外の人間が俺たちのライヴでの振る舞いを理解するには長々とした説明が必要なのは当然のことで、いくら説明したところで頭がおかしいと思われるのがオチかもしれないんだ。でも、俺の場合には最後には無罪放免になって、晴れて自由の身に戻れることになったんだ」とランディは今回の裁判で味わった困難さを説明している。
しかし、その間、亡くなったダニエル・ノセクの遺族は公平に自分と接してくれたとランディは語っている。
「たとえば、ダニエル・ノセクの遺族がプレスで俺を非難することは一度もなかった。公でもプライヴェートでも俺に敵意を向けることはなかった。判事、検察官、警察官らの前でダニエルの遺族は俺を貶めるようなことはしなかったし、法廷で俺に対して敵意を込めた視線を投げかけてくることもなかった」
「ダニエルの家族は俺に対して後ろ指を指すようなことは一切しなかった。ダニエルの家族はみんなただ、自分たちの息子の身になにが起きたのか知りたかっただけで、だから、法廷に来て、俺は自分の知っていることをできるだけ丁寧に説明したんだ。判決が出る前にダニエルの叔父(法廷ではダニエルの遺族の代表を務めていた)はどのような金額を受け取ったところで、ダニエルが帰ってくるわけではないと判事に訴え、その後、賠償金の請求を取り下げることになった。また、その叔父は、ダニエルが亡くなったのはダニエルの父親の誕生日で、そのため母親がダニエルの死を境にろくに仕事にも打ち込めなくなってしまったことを俺に理解してほしいと訴えてきたんだ」
「それだけだった。ダニエルの家族はダニエルの死がどれだけ残された家族を打ちのめしたかを理解してほしいという以外には、この法廷で俺になにも要求しなかったんだ。そこには悪意はなく、本物の正直な痛みがあっただけで、それが俺にはあまりにも慣れ親しんだはずの感情だったんだ。それは俺がこれまで目撃した中でも最も優れた、心の強さと品格の一例だったよ」
そのせいで無罪放免という判決も複雑な心境で受け取らざるを得なかったとランディは語っていて、安堵は感じたものの深い悲しみを伴った納得のいかなさも感じたという。その後、ダニエルの叔父から個人的に会ってほしいという要請があり、ダニエルはプラハを後にする前に借りていた部屋に家族らを招待したという。そこで家族と会話を交わしたが、ダニエルの家族からは二つのお願いごとをされたとランディは明かしている。
「ダニエルの母親はいつかダニエルのために曲を演奏してほしいと、ただそれだけを言ってきたんだ。その言い方にこもっていた温情に俺は感銘を受けてしまったよ。この母親からのこんなささやかなお願いが俺にとってはあまりにも大きな贈り物となったからなんだ。というのは、これまで何年もこの仕事を生業にしてきて、この先それをどうやって続けたらいいのか俺にはもうわからなくなっていたところだったからなんだ。
もちろん、俺はダニエルのためにたくさん歌を歌うことにしたよ」
そして、帰り際にダニエルの叔父は次のような言葉をランディに託したという。
「『忘れないでほしいんだ、きみなら、より安全なライヴ環境のためのスポークスマンになれるんだよ。きみにはその力がある。だから、きみの幸運を祈るよ。また思いっきり自分の人生をこれからも生きてほしい』と言われたんだ。俺は必ずそうすると約束したんだ」
知恵袋の「就職決まらないから死にたい」って質問に「大企業に勤めてますが死にたいので大丈夫です。頑張ってください」がベストアンサー
正論は、相手に正論を受け入れる度量と理解力がなければ反感をかう。
正論であればあるほどひどい反感をかう。
なぜなら、相手を「馬鹿」と非難するに等しいからである。
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福田秀人『サラリーマンが”やってはいけない”90のリスト』p.119 (via mcsgsym)
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