自分が本当に考えていることや自分が知っている真実をはっきりと口に出すと、他者からの評価を落としたり、攻撃されたり、かまってもらえなくなったりするような環境、状況がある。そのような場面の中では周りに合わせて(その良し悪しの判断は抜きにして)嘘をつく必要がある。
そのような状況下で嘘をつかなければ、周りから叩かれたり、無視されたりするしかない。
そうやって嘘をつくことが生き抜いていくための重要な人生戦略となるような環境下で長く過ごしていると、「嘘をついている」という心理的負荷を減らすために、意識上では本来嘘をついていた内容が「本当にそう思って言っている」ことに変わる。
それは過去に過ごしてきた環境下ではとても役立つもので、自分の身を守るための大切な戦略であったのだが、状況が変われば不要になる。でも、体の癖になっていると、本来、嘘をつくメリットのない場面でも自動的に不要な嘘をたくさんつき、意識ではそれを本当だと思う。
その結果、自分が本当に何を考えているのか自分でもわからなくなるし、意識と無意識の間の不一致が大変に大きくなる。
— Twitter / mentane (via cokeraita)
(via otsune)
約束を守れない息子にキレて3DSを破壊して捨てた - 子育てちゃんねる
だよね(;´Д`)これ克服したら相当の人物になれるはずだわ
(via nyama)
「快楽の先送り」がコントロールできない子どもと目の前の怒りに瞬間沸騰してモノに当たる母親。似た者同士w
(via hexe)(via hexe)
○真っ当なサービスとそうでないサービスの区別は容易にはできないということ
残念ながら多くの人にとって、真っ当なサービスとそうでないサービスとの区別することは容易ではないということです。であるから、よくわからないものを無批判に受け入れるのは危険だし、それを無責任に「嫉妬」や「風紀委員的」などという言葉で葬ってよいものではないのです。
ここに1つの事例を紹介しましょう。我々建築の業界には、「元東大助手のアニリール・セルカン論文盗用・経歴詐称事件」という興味深い事例があります。
セルカンは論文盗用などという生易しいものではなく、宇宙飛行士の写真を自分の顔に差し替えて元宇宙飛行訓練生を詐称し、オリンピック出場や海外の留学経験などの経歴も詐称、講演や自身の本で披露した最先端の理論のほとんどが引用・改ざんを伴うものであり、詐称した経歴を利用してセルカンスクールなどの資金集めまで行っていました。全部盛りの経歴は、イスタンブールのスルタン・アフメットのインチキ絨毯屋のやりくちとなんら代わり映えのないものでした。
セルカンのプロモーション手法には怪しいものがあり、私も何度か批判したことがありますが、「有能な人間に対する嫉妬」であるとか、「東大にいるのだから」のように盲信し、彼の周辺にいた当事者以外の人間が積極的に疑いを抱く相手に圧力をかけるような、今回studygift騒動のような構図が度々みかけました。
○ろくに精査せず勝ち馬に乗っかる人間ほど、責任をとらない
くだんのセルカン氏は、ネットで地道に公開検証作業をかさね、ついに追い詰められることになりました。追い詰められたセルカン氏は、行方をくらましなんの現在に至るまで責任もとっていません。
セルカン氏の件では、結局東大は、2年以上の調査期間をとったにもかかわらず、研究資金流用という明快な問題に対してのみ、セルカン氏の上長である松村秀一教授に対して停職1月の懲戒処分を課したのみで、調査で得た情報を開示することもありませんでした。
公的に責任を追う立場にある人間ですらこれで、紙媒体やブログなどで彼のプロモーションに乗ってしまった人たちから、反省の弁を掲載するような潔さはありませんでした。渦中にいた業界の影響力のある人々は、真摯さとはかけ離れた対応であったように感じます。有力なブロガはその影響力を駆使して、無名の人間からの指摘を封殺しがちですが、どのように考えられているのでしょうか?
— #studygift 騒動2/2:批判の封殺が業界の健全性を殺しかねないという問題 : 建築現場の歩き方洗濯機でヘッドホンを洗うと音がよくなるというのはその筋では割と有名。アタックで洗うと中高音域ののびがよくなり、アリエールは音場が一段階広がり、ボールドは音に色気が出てくる。同じメーカーでも液体洗剤の方がより香り立つような柔らかな音になるというね。 — Twitter / Chack’n (via mcsgsym)
(Source: deli-hell-me, via katoyuu)
「通(つう)」には3種類あるという話。「通る人(とおる人)」「通う人(かよう人)
あちこちの蕎麦屋をただひたすら回っているだけの人で、まだ自分の「舌」(価値判断の
たぶん何かのツイートをRTした人が1000人いれば、999人は「通る人」なのだろ
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特定の情報に興味を持ち、自分で関連する情報などを探し回って、知識を深めようとする
ただしその考えが正しいかどうかは別な問題。同じぐらい完成度を持ち、議論にも耐えら
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では「通じる人」とは…?多分その人は明確な答えを言わない人なのではなかろうか。そ
この反論にはこの反論という具合に、もうおよそ素人が思いつくような主張はすべて、ど
せいぜい他人が議論しているのを見て、断片的に知識を補う程度(その反論については、
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この域に到達している人というのは、多分日本全体でもそれぞれのジャンルに数名ぐらい
まあ俺を含めて、口から泡を飛ばして自分の意見こそ正しいと主張している人間は、まだ
(via nakakzs)
虚構新聞は、そういうネットそのものというよりはネットを利用して情報を摂取している人たちに、凄い踏み絵というか地雷を踏ませ続けているわけですね。当然、この記事に限らず騙される奴がいっぱい出てくる。私も何度も騙されましたし。リテラシーに絶対水準などない、あくまで確率発動のスキルなのだ、ということを思い知らされる気分です。 — 試される虚構新聞: やまもといちろうBLOG(ブログ)
だから、そんなバッシングをしたら、当の自分が苦しくなる、というようなケースでも、平然とバッシングに熱狂する。後で自分が終わろうが、どうでもいいのだ。今の自分がスカッとすれば。少なくとも誰かが苦しめば、自分は少し楽になる。集団化した巨大なバッシングは、あたかも古い社会を壊すかのような幻想を与えてくれる。
私たちがバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ。自分なのだ。私たちは、おぞましい悪夢を生きている。
— 2012年5月26日(土): 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記 (via katoyuu)
世界は自分のレベルに応じた姿でしか見えない —
はてなブックマーク - 選挙には行かない - TAKUYAONLINE (via hopper-bopper) (via rogu) (via thinkupstudio) (via ak47) (via nemoi) (via uncate) (via pcatan) (via hanage) (via dannnao) (via kml) (via systempunks) (via ssbt) (via scudroid) (via plasticdreams) (via yaruo)
2009-08-30
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(via katoyuu) (via igi)神話として「お金がないのに優秀な人が少人数で素晴らしいものを時間をかけずに作る」というのがあります。これは宝くじ並みの倍率ですので、それを目指すとたいがい失敗します。こんな神話に惑わされないようにプロジェクト運営をしなくてはいけません。 — Twitter / arimamoto (via rpm99)
ところが世の中には、他人の書いたテキストに依存して「おいしい」「おいしくない」を決定したり、あまつさえ、そういうレビューを暗記暗唱するような人がいる。ひどい場合、自分で飲み食いすることさえせず、レビューだけ読んで「この店は美味い・美味くない」などと言及する人もいる。これを怠慢と呼ばずに何と呼ぶのか。味覚の修練も、実地の体験も軽視し、食のレビューばかり頭に詰め込んで、しかもそのレビューを信じて疑わず、レビューの記述内容からロクにはみ出そうともしないような人は、メシを食っているというより、テキストを食っているようなものだ。 — あなた、食べログの星の数で味を確かめてるんですか?――メシを食わずにテキストを食っている人達 - シロクマの屑籠 (via katoyuu)
(via c610)