富野由悠季監督説教大会 ~3.11以降を生きる学生に向けて~ メモ起こし

富野由悠季監督説教大会
~3.11以降を生きる学生に向けて~
11/5(土)14:45-16:45
於早稲田大学早稲田キャンパス

の、メモ起こし。聞き間違い、勘違いあり得ます。


ーー
監督入場で大拍手。5-600人以上?の人。

今日はガンダムの話はするスペースがない。
先日世界人口70億を超えた。
ガンダムのプロローグ、人口が増えすぎた、という下りがリアルになってしまった。
3.11以後の大人たちの考え方、言い方、インテリジェンスのあり方が、言ってしまえばそのアニメ以下じゃないか。
先月の中央公論でもリアリズムを忘れてごめんなさい、というリアリズムを考えない発言の自覚が出ていた。
我々の世代がそれができなかった、申し訳ないことにこれから50年100年かけて皆さんが分析しなきゃならない。
事故と災害がおきて幸か不幸かそれを考える契機になった。

リアリズムで考えるというのは現場を考えるということ。
いまこの教室にこれだけの人が集まってどれだけの熱量があつまるのか。そういうところに考えがいかない。(教室内暑すぎて空調効いてない)
そういうところに想像力が働くのかどうか、今の大学生、引いては大学の教育を受けたかもしれない大人たちのインテリジェンスのあり方がリアリズムから解離している。

東日本大震災
被害の人数は万を超え、世界規模といっていい災害。近しい人が巻き込まれていく光景を見た人たちがいる、確かに地獄ではあった(監督自身は直接被災したわけではない)。
しかし我々はそうした災害に対峙してきた歴史もある、と確認できた節もある。半年立って現場の人たちに出会ってその人達の明るさを見ると、泣いてたってしょうがない、笑うしかないよね、という復元力があるのじゃないか、我々は遺伝的に生来そういう性能が高いんじゃないかと思えた。

復興して当たり前、復興するだけの気力、体力を我々は持っている。
死なない限り生きていくしかない、生きるためには泣いてる暇なんかないんだよね、そういうことです。

原発の問題
自然災害には復帰するだけの能力があるかもしれないが、余所者が拡大解釈、風評被害を与えることはありうるぐらい、放射線被害について知らされていなかったの知らされた

20世紀後半、原子力を、人類が「使えるかもしれない」という知識を、我々は原子力爆弾に使い、そして平和利用という言葉に言い換えた。
極度に専門知識を必要とする、目には見えないものを扱うのに、国策にしてしまった瞬間に、国家とか巨大組織が、何も知らない素人が、安全です、と言い切ってしまう状態を作ってしまった。

放射能の影響はわからないところがまだ多い。
広島長崎でのデータを持っている人は少ない、その希少なデータ、爆弾での一瞬の被害についてのたかが20-30年の歴史がようやくあるだけ。
それを知らないで安全だと言い切っている。テレビ(公衆)の前で。

皆さんの大学でも将来、中央官僚になるような人もいるはず。
組織の中で「我」をもってはたらけるか、というのは永遠のテーマ。
中世の組織以上にボリュームが大きい今、その中での「我」を考えなくちゃいけない。

未知の技術を投入して、安全でならなければいけない理念だけはあった、が、安全だと言い切って国家のエネルギーとして利用している。
それを変えなければならない、のに変えられない。

まだ水力や火力よりも原子力が安く済むという官僚がいる。
もうそういう数字を詳しく聞く、調べる気にならない。
汚染の被害も発電料金として計上されなくちゃいけない、本来は上乗せしなければいけない。
発電だけに限定している。それはそれで正しいでしょう。
ですが青森の六箇所村をみればわかるように、300-500年、安全に保管する施設はできていない。
防護服が山積みのスチル写真をみれば、まだプロセスの途中であることがわかる。
そうした中で、本当にインテリジェンスが働くべきところで、安全ですって言い切ってしまう。範囲を限定すれば私は正しいです、間違っていませんと平気で言えてしまっている。

第二次世界大戦以後の日常で技術を運用することについて、かなり急ごしらえになっているのじゃないか。

試しの話を一つ。全日空がボーイング787を新しく投入しました。
そんなエネルギーを消費して世界旅行をする価値を我々が持っているのか、人類に対して貢献しているのか。
でも孫の顔を見るためにスイスに行く、その二つを併せ持つ考え方、捉え方、システムができないか。
インテリジェンスの働き方、モラルのあり方に対して、社会に縛られる発言を皆さんはこれからしてしまうと思います。

最近従来では芸術やアートが扱っていた領域がアニメ漫画にすり寄っているんじゃないかという考えを持っている。
芸術的なものであって欲しいものがアニメや漫画に隣接した位置にいる。
芸術は本当はもっと高尚な位置にあるんじゃないのというのはあるが。

現在、精密な表現ができている、いってしまばコピペの堆積が起こっている。
それも至高でなくポピュラーなー方向。ビジネスになるならいいんだけど、果たして続くモデルなのか。
初音ミクが固有のキャラクタとして認められるのか、あれは芸術、アートとして認められるのだろうか、懐疑的。

人口増は消費者が増える。
日経新聞では、マーケットが広がるチャンスと喧伝している。

この話は、今まで、そして現在の我々にとっては、22世紀を生きる子どもたちがいるという大テーマを設定してほしい。
といってもそういう大きなことをやるには資本が必要。
23世紀を突破して1000年生きられるような、ことを考えるためにそういう中でビジネスをする。

原子力発電が問題になったときの人々の動き、インテリの持っている嘘のつき方の特性がある。
新しい技術、よくわからない技術を組織的に使い、人を殺すような
犯罪を起こしているかもいれない。
事実被災地での自殺が増えている、これはもう犯罪行為じゃないのか。
刺激的な言い方をします。原子力発電は5重のバリアがあって、絶対に安全、問題ないと宣伝してますが、これは嘘。材料工学的にみればすぐわかる。
ジルコニウムは水につけたら半年か一年で交換しなきゃならない。今それを冷却するために水で冷やしている。

人口増にたいするビジネス論はある、そこに先見性を持って挑め。
地球は有限であると考えたとき、人類は地球の汚染源、減らさなきゃいけないと僕は思っている、200億を超えるのはあっという間でしょう、そのときに始めて食糧問題で騒ぎ始めるだろう。計算できる人はして見てください、ぞっとしますよ。

○事前に集めた質問コーナー
・原発の問題は責任問題に終始し、現場を忘れている。さらに必要な知識の教育もしていない。どう考えたら良いか?

残念ながら今の組織、政治家のトップには緊張感がない。戦後の一番いい時期を過ごした人たちには危機感を持てない。
学生運動あがりの政治家がいる。運動が目的で、革命が成功したときにどう統治、運営をするか、という発想を持っていない。運動をすることが目的で運動後のことを考えるインテリジェンスはない、これはもう絶望的。

対処方法は教育。
彼らは被害者、被災者が出ていること、あり方をリアルに想像できない。
そういう中で教育して、そういう奴らに絶望するかもしれない。
これは耐え忍んでくれ、逆に、己を鍛えるためのいいチャンス。
お前らは何も考えずにいるかもしれないが、この危機を経験して学んできた俺たちは違う、そうなって欲しい。
大臣になって喜ぶ、それが目的で、次の日に辞める。
そんなひとたちを我々は選んでしまった。
切迫感を持って生きていない人たちが多数派にいる。

いまは3.11以降、問題点をシャープに言える状況になってきた。
安全と繰り返すオウムになってしまった大人、今の大人は正しくないんだ、と疑う考えを持つしかない。
そういう大人が引退するまでの、これから30年は過酷な時代になる、耐えてそういう大人たちを駆逐してくれとしか言えない、ごめんなさい。

・ターンAガンダムのロランは男らしい発言について
そんなこと言った覚えない(会場笑)
ただ、一人の女性のために一途に、その女性を守ることに一生懸命になれる。そういうロランは男らしいと言えるんじゃないか。
いまの世代の大人は自分が年金をもらって逃げ切ればいい人達ばかり。
それに比べたらロランは男らしい。

・自分以外のガンダムについて原作者の立場からどう思うか?
観ていない。
他人が作ること、状況に嫉妬する、見れる訳がない。
ただ、僕程度の才能が30年耐久することができるか、できない。
タイトルを忘れないようにマーケットがある、今日もこうして呼ばれたのはそのおかげ。だってここ10年作品作ってないもの。周りの人がいて自分がいるということを自覚して、嫉妬という気分でもなくなった。
年金みたいなもの。しょうがねえなあ(笑)、もらえちゃうとそうなっちゃうんだよね。

・ジョブズについて
全く知らない。
記事を読んだ程度の知識しかない。
いまとなって悔しいと思う部分はある。
なぜか、20年前にデモを触ってまだダメだと思ったものの、
パソコンを使うならMacかなと思った時期があった。
が実際に触った年代が遅かった、その頃はウインドウズが……長くなるからやめます、ジョブズについては何も知りません(笑)

・大手マスメディアの衰退、情報の取捨選択が必要になり、一方で個人レベルでの情報発信のトラブルも増えてきた。

雑誌、新聞、記事は一記者と一編集者だけでなく校正者がいる。場合によってはそれ以外にも。個人名であってもたった一人でアップされることはないのが活字媒体の特性だった。
今PCで写されている記事は個人だけの意見、校正されていない。それがどれだけ冷静な筆者であっても。
それはあくまでも私文書だとおもっている。

○会場参加者からのその場での質問
・インテリジェンスが低下してリアリズムが考えられないというよりは、インテリジェンスはあるが行動につながってないように見える。インテリジェンスとアクティビティのつながりについて。なぜ行動に起こせないのか?

起こせるだけの勇気を持っていない。
組織の成員になってしまってから。
責任が発生し、一人で意思決定して動けない状況があるからしにくい。

今必要とされるインテリジェンスは深くなっている。
例えば蒸気機関車は見やすい、手が入る。
原発は入れない、そこに入っちゃいけない知見はある。
ナノテクノロジーもおなじ。
技術が日常で行使するときにどういう作用をするのかという想像力が蒸気機関車以上に必要。

今の原発、40年前の設計、パイプ一つでも事故後に自分たちで整備するのが難しい、そのことを予見性をもって考えていなかった。蒸気機関車なら実際にはいれた。

いかにアクションを起こすのか、それは組織論。
組織を動かすための意思決定はどうすべきか
強権発動できる人物が必要とされる、が、これまでの歴史にどれだけいるか。僕はそうではないのでこれについては申し上げられ無い。ライブではなく机に向う仕事を選択した。だから今日は頑張っているんです(笑)

・アニメ、漫画がアートよりという話について、視聴者がアニメをどう捉えるか?

漫画映画、これ以上でも以下でもない
漫画映画とは何かを考えると、
基本的に記号化、実写よりも長持ちする。
手がきでもcgでも、シンプルな記号は100年、1000年もつ。
今の流行をアニメにもちこむのは損かもしれない。
実写以上に強力にメッセージを内在させうる媒体。
ただ、アートという芸術が俗な漫画映画にすりよるんじゃねえ、というきもちを持っているんだな、というのは今日つくずくわかりました(笑)

・公務員で、現在放射線の測定をしている。これからどうしていけばいいか、組織を改革するのか、偉くなるべきなのか、議員になるべきなのか、…そのどれもなのか?

おっしゃる通り、そのどれもきちんと作用されなければいけない。
今の行政、年金のシステムはインテリジェンスが働いた結果できたもの。根本的に改善する必要はない、目配りしたシステムではある、とおもっている。
より効率的に、より現場的に作用させることができない。それは人の問題。

年金の問題、まさか日本人がこれまで長寿になるとは思っていなかった、老人がふえるとは思っていなかったと国会で発言されている。
人は築き上げた組織を改革できない。
みんなで考えると、衆愚政治、5人あつまったら拒否権が発動される。拒否権っていうのは、理想論、原理主義者がでてくる。
時代に合わせてシステムを変えなければいけないのに、理想主義、現実主義、党利党略、選挙の票田で発言が変わってくる。

生きている限り死なないで、しのいでいく耐久力はもっている。
耐久力に頼るしかない、そういう耐久ができる人達を支援するシステム。
ボランティアへ3食を、寝床を提供するシステムをさっと構築して支援できるか。
最近の家電やIT技術はが個をより個にしている時代であるという認識を持っていてほしい。携帯電話を取り上げろ、と思っています(笑)

・物作りをしていく時に作品が懐古主義、原理主義に寄らないためには?

回避するための方法論、明日を考える
明日というのは絶対に未知、それを決定できる、想うのは迂闊なこと。

原理主義、懐古主義を全否定する、あるは極度に確信するのではない。
明日を具体的に想像する、その上で原理主義や懐古主義を学べ。
想定を具体的に積み上げる、その上で過去に行われた行為や理論を調べてみる。これは大学の世界でも一緒。
原理原則ありき、ではないんです。

最近夏目漱石、森鴎外を読み直してほっとしている。
自分だったらこう作るというものを確固ともった上で読み直すと、
彼らが歴史に残る理由がはっきりした。
森鴎外の処女作はひどいものだが20年後の作品を読むとぞっとする。
あと最近はある漫画も読んでいます。その作者は……尾田栄一郎(笑)
ーー

以上、時間で終了。
監督70歳の誕生日、花束と記念品?を贈呈して会場拍手。
そして退場。

濃い二時間だった。

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